忘れないつもりでも気がつくと記憶にないってこと、あるから。


by matsugami.
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『1860年型 ~粋人<いき>(東洋)』

【文字盤】
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【文字盤の中心部分】
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昔から西洋諸国の貿易の相手として東洋は大変魅力に満ちた地域であった。
日本は戦国時代や長い鎖国の時代があり、海外とは単発的な交流はあったものの、多くの問題点があり大々的な取引は困難であった。
その点、中国の市場は比較的オープンであり、早くから交易がなされていた。
時計に関しても清、特に康煕・乾隆両帝の時代(1661~1795)には、皇帝自らが時計に並々ならぬ興味を抱き、
からくり時計を中心に実に様々な時計の蒐集をした。
このコレクションは現在北京の故宮博物館に収蔵されている。
中国に於いては太陰暦から太陽暦に変わったのは1912年であったにも拘わらず、それまでにも沢山の西洋時計が輸入されている。
これは日本と同じように時計が時間を知る単なる道具ではなく、社会での地位・名誉・富を象徴する物であり特権階級の粋人が所持した証左といえよう。
今回のモデルになった時計は19世紀初頭から中国向けにデザインされた一般普及タイプで、そのスタイルが熟成した中期の頃の物である。
これらは昔から広東時計、支那時計、乾隆時計などと呼ばれ親しまれている。

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◆様式の詳細◆

上海や香港のアンティークショップに立ち寄ると夥しい数の懐中時計を見る事ができるが、その殆どが中三針のこのタイプである。
日本の商館時計同様、それほど中国の人達に愛された時計なのである。
なかにはケースの外周に真珠を嵌めこんで裏蓋にエナメル七宝で人物像や花、風景などが焼かれた華美な物もあるが、
やはりシンプルなものが飽きが来なくて良いと思う。
この時計は日本でも多くはないが見つかるとから察すると、西洋から輸入された事実は確認できないが、
少なくとも中国へ旅行した人達によって持ち帰られたことは考えられる。
時代物のカンフー映画の登場人物が中国服に時計鎖を提げているのをよく見かけるが、なかなか様になっていて面白い。


◆文字盤◆

比較的文字盤に極細で縦長のローマ数字で上品に時刻が表示されている。
中国向けに、中心にも青と金で★形の装飾が施され外観のシンプルさに色を添えている。

(本誌より抜粋)

※この時計はアシェット・コレクションがオリジナルで開発デザインしたもの※

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裏側は何も装飾がないつるっつるなシンプルな面なので画像はありません(^^;)
でも文字盤の中心部分である、青と金の☆型の装飾は画像でも見えると思うので
この部分がメインだと思ってくださいませ(^^)
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# by matsugami. | 2010-03-21 15:26 | コレクション